著者:小林弘潤
ページ数:150
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日本だけでなく現代の世界における「民主主義」という概念は、知名度が高いだけでなく絶対的な権威として社会の中で揺るぎのない地位を得ていると言えますが、このことは「今の日本政府が民主主義の尊重や擁護を教育方針として掲げている」ことからも裏づけられると思います。
高等学校学習指導要領の「政治・経済」の項目には「現代の日本の政治及び国際政治の動向について関心を高め、基本的人権と議会制民主主義を尊重し擁護することの意義を理解させるとともに、民主政治の本質について把握させ、政治についての基本的な見方や考え方を身に付けさせる」という記述がありますが、国の教育方針である学習指導要領に「尊重し擁護」という言葉が入っているということは「学校で民主主義を否定したり批判的に教えることは許さない」という意味になるため、現代の社会で「民主主義」という概念が絶対的な権威として君臨していることがよくわかると思います。
ただ、それでいてこの「民主主義」という概念は「世界中の人々が昔の時代からずっと尊重し擁護してきた普遍的な価値がある概念」というわけでもなく、そのことは「民主主義という概念が流行し始めたのは20世紀初頭からで、それ以前の世界の人々は民主主義に大した価値を見出していなかった」ことから判断できると思います。
これはあまり知られていないと思いますが、20世紀までの世界における民主主義には「危険思想」のイメージすらあったそうで、19世紀のヨーロッパにおける民主主義(共和制のニュアンスが強い民主主義)には、フランス革命後期におけるロベスピエールの独裁政治や恐怖政治のイメージがあり、「この言葉を聞くとテロによる支配を意味して恐怖心を呼び起こす」とすら思われていたようです(その意味で、この民主主義という言葉が注目されたのはたかだか100年程度と言えるため、毎年出てきてはすぐに忘れ去られる流行語大賞の言葉のように「単なる流行語」で終わってしまう可能性も大いにある)。
こうしたことから、私は「日本などの国家が『普遍的な価値でも何でもない民主主義』を絶対的な価値として国民に押しつけようとする傾向」はあまり好きではないのですが、それでいて「確かに現代の状況では民主主義以外の政治制度を選ぶのは非現実的と言えるから、少なくとも民主主義という政治制度を理解する必要は大いにある」という思いを持っています。
学習指導要領にも「民主主義に対する理解を深める」という文言があり、私はこれには賛成なのですが、それでいてこうした指導要領を元に作られた教科書の内容を見てみても「本質的な理解ができるような話になっているとは言えないな」という不満を感じてしまいます。
というのも、教科書に書かれた「民主主義」の説明の中に「権力とのつながりを論じたもの」はほとんどない感じがするからです。私は「民主主義(少なくとも近代民主主義)とは、権力の固定化と暴走を防ぐために生まれた制度」だと思っており、権力に関する知識がなければ民主主義を理解することは絶対にできないと思います。
流行に流されただけの薄っぺらな知識ではなく、本質からさかのぼった知識を学べば「民主主義を尊重し擁護する思い」も自然に芽生えてくるものだと思います。参考になれば幸いです。
まえがき ~近代民主主義とは「権力の固定化と暴走を防ぐために生まれた政治制度」である
1 昔の君主の継承が世襲だったのは「造った人間に所有権がある」と考えるのが普通だから
2 官僚の地位の世襲化が「地位や職業は家柄や身分で決まる」という身分制度を生んでいる
3 特権階級が民衆に支持されるかどうかは、特権以上の社会貢献ができているかで決まる
4 公平性が行き過ぎると「機会の平等を奪う」「根源的な価値に差をつける」方向に流れる
5 政治が公平性より権威を重視する傾向に走ると権力の乱用や暴走が起こりやすくなる
6 民主主義とは「国民の代表が権力を握りながらその権力を暴走させない制度」と言える
7 選挙による政権交代の浸透で人々の意識が変わり、不毛な争いが起こらず済んでいる
8 権力分立とは「権力機関を分割し干渉できる力を持たせてバランスを保つしくみ」のこと
9 民主国家では、憲法を解釈できる違憲審査権を持つ裁判官の権力を抑制する必要がある
10 民衆の判断力が政治の良し悪しに直結する民主主義は、ポピュリズムや独裁に陥りやすい
11 宗教が政治と問題を起こしやすい理由は「権威化」と「宗教は政治より上」の発想にある
12 「人は宗教的なものに惹かれる」ことから、政治と宗教を徹底して分離することは難しい
民主主義体制では「政治家が集まって構成する政党などの政治組織」を固定化させないために、「対抗勢力である野党の存在を承認し、選挙によって政権交代を可能にするしくみ」を整備しています。この「対抗勢力の存在を承認する」という発想も現代では当たり前としか思えませんが、昔の時代はそういう存在を承認しないのが普通だったと言えます。
なぜなら、昔の「社会の変革を起こして政権交代をするには軍事力を使うしかない」という状況では、政府に不満を持つ勢力は必然的に軍事力を高めようとするため、昔の為政者の中には「対抗勢力の存在の承認=社会の秩序を乱す」という認識があったからです。
近代民主主義の大きな特徴である「選挙によって政権交代を可能にするしくみ」とは、「権力は固定化すると乱用が起こりやすいことを事前に想定し、あらかじめ政権交代ができるシステムを制度の中に組み込んでしまう」という発想から生まれていると言えます。
人間の意識というものは、ルールやシステムが社会に浸透すれば変わるところがあります。昔の時代にあった「政権交代を起こすには軍事力を使うしかない」という人々の意識が、選挙による政権交代の定着によって大きく変わり、現代では「暴力や軍事力を使って権力を求めたり政権交代を行ってはならない」という意識が社会に浸透するようになったと言えます。このことだけでも「民主主義体制が社会に浸透したことによって、どれだけ不毛な争いが起こらずに済んでいるか」がわかると思います。
~「7 選挙による政権交代の浸透で人々の意識が変わり、不毛な争いが起こらず済んでいる」より
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