著者:田中治郎
ページ数:224

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 わけのわからない言葉のやりとりを称して「禅問答」といいますが、禅問答とは本来、禅の指導者が修行僧に課題を与え、これについて思考させて問答をする中で悟りに導くという高次元の対話です。
 高次元であるがゆえに一般の人にはなにがなんだかわからず、ちんぷんかんぷんです。だから「禅問答」といえば、「ちぐはぐでわかりにくい問答」(『広辞苑』)のことをいうようになったのです。
 この禅問答で提出される課題の言葉を、「公案」といいます。公案とは「公府の案牘」の略で、中国では権威のある役所の公文書を意味しました。これにはだれも逆らえない威光があったために、転じて禅では、修行僧を悟りに導く先人の権威ある言葉を公案と呼ぶようになり、坐禅の修行をする僧に与えられる問題となったのです。
 本書では、この公案から百の禅語を選び出し、著者なりに読み取りました。
 公案は禅の指導者や修行僧の専売特許なのかというと、決してそうではないと思います。私たち俗界に暮らす普通の人間にとっても、非常に示唆に富み、生きる指針を与えてくれる言葉が満載されているのが公案の禅語だと思っています。
 公案は、長い歴史を経て中国から日本に伝わり、現代に生きています。その風雪の中で人間の真実が凝視され、深い人生観が凝縮され、その言葉は難解でありながらも普遍化されてきました。だから、私たち一般の人間にとっても魅力的であり、折れそうになった心を支えてくれる名言を多々見いだしうるのだと思います。
 古い話ですが、元横綱の貴乃花が横綱に昇進するとき、「不惜身命」と言って相撲に命をかける決意を語り、話題になりました。このフレーズは『法華経』の言葉ですから禅語とはいえないかもしれませんが、みごとに当時の貴乃花の気持ちを表した仏教語でした。
 また、福岡ダイエーホークス監督の工藤公康さんは、「前後際断」という禅の言葉に共感を覚えると話していました。「前後際断」については本書の中でも紹介していますが、とても深い言葉です。
 さらに、東京オリンピックの聖火ランナー、女子サッカーの元日本代表なでしこジャパンの佐々木則夫前監督は、これも本書にある「歩歩是道場」という禅語が座右の銘だといいます。
 このように、人々は自分の心を支える言葉を求め、見つけ、それを羅針盤として生きようとします。
 いま「四字熟語」がはやっているといいますが、それも羅針盤としての言葉を探し求める庶民の欲求の表れではないでしょうか。
 政治も、経済も、社会制度も行きづまりを見せ、先の見通しがきかずにいるところに毎年のように自然災害やウイルスなどに猛襲されています。しかし、こんな時代だからこそ、私たちは言葉の力をバネにして、この苦境を乗り越えていこうではありませんか。

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