著者:山本周五郎
ページ数:291

¥99¥0

 本書は「山本周五郎 全集未収録作品集4 浪漫小説集」を電子ブック化したものである。初版発行は昭和47年12月10日、発行所は実業之日本社、カバーは電子ブック用に新しく制作した。
 士道小説集の内容紹介でも書いたことだが、本書の各篇が、新潮社版および講談社版の『山本周五郎小説全集』に掲載されていないのは、決して作品の不出来によるものではなくて、全集刊行時に、これらの作品を集めることができなかったためである。もともと作者自身、作品の切抜きや、単行本を手元に保存しない建前であったし、戦前の大衆娯楽雑誌までを完備する図書館等も少なく、ほとんど散逸の状態にあったのである。

 「山本さんは、一作を書上げるごとに、真顔で、ああ、こんども失敗作を書いてしまった。おそろしくて活字になった雑誌を読み直す勇気がない、とよく言い言いしたものである。同時に断固不抜の精進を、一作一作に刻みこもうとする振幅のなかに、このすぐれた小説作者は揺れつづけたのだった」と木村久邇典は述懐している。
 「この実業之日本社版の、全集未収録作品シリーズは、そうした作者の精神の襞を、率直に反映させることによって、戦前から戦後の老練の境地への、一歩一歩みずからを築きあげていった道程をあきらかにし、山本周五郎という端倪すべからざる作家の全容を浮かびあがらせる一助にしたいというところにある」との刊行意図も明らかにしている。
 本書は、山本周五郎の作品群を構成する種々の分野から抽出して、とくに浪漫性ゆたかな短編集となるように心がけ、『違う平八郎』の発表された昭和十四年三月から『追いついた夢』の昭和二十五年十一月に至る十一編の貴重な作品集となったことを強調したい。
 山本さんは、昭和十九年八月号の婦人倶楽部に『母の顔』という作品を「日本婦道記」シリーズの一編として発表しており、のちに『おもかげ』と題している。本書所収の、少女の友の『おもかげ』と、婦人倶楽部の『おもかげ』が、おなじ主題のもとに書かれたものであることは、一読すると容易に気づくことだが、約一年をへだてた作者の内部に、どのような反芻が行なわれたかを示す具体例として、本書の『おもかげ』は、おのずから貴重な資料としての側面をもっている。本書の『おもかげ』は「日本婦道記」シリーズの『おもかげ』とはまた別種の完成度を備えていることに感銘させられるのである。山本作品の愛読者には、ぜひ両編の併読比較をおすすめしたい。
『義経の女』は、やはり少女の友に発表された掌編である。義経の娘千珠が、鎌倉の召しに応じて、夫有綱と別れて死地に赴こうとする悲しいほどに健気な凜々しさが、格調たかく描かれ、それは、当時(昭和十八年末の太平洋戦争末期)の作者の精神の所在をさえ、厳粛に投影しているように読める。読み方によっては、この作品もまた作者一流のメルヘンとも言えるが、山本作品が、和田芳恵の言うところの「世の志を得ない多くの人々の一条の光」として読みつがれる秘密のひとつは、この作品にもひそんでいるように感じられる。

 本書には、上述した作品を含むが、『違う平八郎』、『奇縁無双』、『春風祝言』、『千本試合』、『花宵』、『おもかげ』、『義経の女』、『足軽奉公』、『小指』、『花匂う』、『追いついた夢』の11編を収録した。
 山本さんは終始一貫して、ハラハラドキドキの筋立て、奇天烈な人物の出しいれと、偶然の組合せのみにたよりがちな娯楽小説を否定する立場をとった。そして作者自身の志した小説の浪漫性というものが、決して普遍的な人間性の把握に背馳するものではない、というトーンが、本書収載の短編においても、真剣にこころみられていたことが、十分立証されているように思う。

シリーズ一覧

 

  Kindle Unlimitedは、現在30日間無料体験キャンペーンを行っています!

この期間中は料金が980円→0円となるため、この記事で紹介している電子書籍は、すべてこのKindle Unlimited無料体験で読むことが可能です。

Kindle Unlimited 無料体験に登録する