著者:木村正彬
ページ数:483
¥1,250 → ¥0
本書は、19世紀末ウィーンの時代と関わる熱力学、量子力学、そして統計力学の展開が、現代広く普及している「統計的機械学習(statistical machine learning)」の設計思想の根源的な位置付けにあることを解説している。
かつての物理学と現代の統計的機械学習を結び付けることにより、本書は記述のベクトルを常に極端(Extrem)に推し進めていく。先人の理念(Ideen)が反映された先行研究から概念実証の手掛かりとなるアイディア(idea)を如何に抽出し得るのかについては、その理念を叙述している概念の極端さを観察していく中でこそ明らかになる。何故なら、理念を叙述し得るほどの創造的な概念となり得るのは、既成概念から逸脱するほどの極端な概念になるためだ。
しかしより重要となるのは、極端な概念がどれほど常軌を逸しているのかを確認することに留めず、極端な概念がそれ自体如何にいて規定されているのかについての分析を敢行することである。ルートヴィヒ・ボルツマン、ジェームズ・クラーク・マクスウェル、ジョセフ・ウィラード・ギブス、エルンスト・マッハ、そしてアルバート・アインシュタイン――これらは極端な論理で逸脱した理念を極限まで深化させた者たちの名前の若干に過ぎない。本書で参照する先人たちは、彼らが生きた時代背景から観れば、極端に逸脱した思考を極限まで突き進めた者たちばかりである。彼らはそう簡単には妥協せず、常に自身の思想を先鋭化させることで、全く異なる<新しさ>を突き付けてくる。意図的な飛躍、突飛な類推、言語に先行した直観を厭わない彼らにとっては、論理的な整合性よりも極端な論理であることの方が重要なのである。
本書は熱力学、量子力学、統計力学に多大な影響を与えた物理学者たちの理念を、それぞれの位置関係の中で記述している。マッハの理念は、ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツや若きイマニュエル・カントと極めて深遠な関係にあるばかりか、更に驚くべきことに、彼の扱う概念はボルツマンの原子論すら彷彿とさせる実在論を補完してもいる。またボルツマンが、チャールズ・ダーウィンの進化論の影響下にあるという点でもマッハと共通しているという本書の記述は、素朴な読者には驚きかもしれない。
読者は本書を読み進めていくうちに、言及されている物理学者たちや比較の観点、あるいは前景と背景の関連が常に変化していることに気付くであろう。その理由は、それぞれの物理学者たちの理念が、現代の統計的機械学習問題の枠組みに根源的な影響を与えているという点では、機能的に等価な問題解決策を指し示しているためである。それ故に本書では、マッハやアインシュタインなどのように、初めは背景にいた物理学者たちが、記述の過程において、ボルツマン、マクスウェル、ギブスなどのように、前景にいた物理学者たちと同じ重要性を帯びて登場してくることになる。
バズワード化した「深層学習(Deep Learning)」の「最先端(state-of-the-art)」を追い求めることに慣れ親しんでしまった読者は、本書に戸惑いを感じることであろう。何故なら、「統計的機械学習」を主題の一つとする本書の内容は、他の多くの出版物とは異なり、「統計学」や「機械学習」ではなく「物理学」と「哲学」こそを重視しているためである。本書は「最先端」への盲目的な追従には何ら価値を見出しておらず、「歴史」の記述に注力している。「問題の歴史」をより良く理解し、まだ視ぬ新しい機械学習モデルの機能的等価物を探索するためには、物理学者たちの理念史こそが有用になる。これが本書の核心となっている。
尤も、本書が扱っているのは、物理学者、より正確に言えば、哲学者、更に厳密に言い換えるなら、神学者たちである。それは「マクスウェルの悪魔(Maxwell‘s demon)」に象徴されるように、物理学者たちが「悪魔」や「神」の形象(Bild, Image)を記述し続けてきたことに関わっている。無論、歴史の表舞台において、彼らが神学の担い手として登場することはあり得なかった。彼らは「物理学」と「哲学」で構成された二重の「仮面」をつけている。それ故に本書を物理学的あるいは数学的な記述内容として読み込もうとする読者には、注意を促しておきたい。本書が扱う物理学者たちの理念史は、その核心において、神学的な理念に照応しているのである。
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