著者:山崎雅弘
ページ数:36

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バイデン米大統領の就任式から三日後の2021年1月23日、アメリカ国務省のネッド・プライス報道官は、中国が台湾に対して軍事と外交、経済の各分野で圧力をかけ続けていると非難し、バイデン政権が進める同盟国や友好国との協力に「民主主義国家である台湾」との関係を深めることも含まれるとの声明を発表した。

一方、中国人民解放軍は同じ1月23日、戦闘機4機、爆撃機8機、対潜哨戒機1機の計13機から成る編隊を、台湾南西部の防空識別圏(ADIZ)に侵入させた。台湾の防空識別圏に対する中国軍機の侵入は、過去にも発生していたが、多くの場合は2機か3機であり、13機という規模は異例で、翌24日にも15機の中国軍機が侵入した。

この中国軍機による二日連続の防空識別圏への侵入は、バイデン政権に対する「アメリカが台湾への外交的支援や軍事的な協力関係を強めることを、中国政府は座視するつもりはない」とのメッセージであったと見られている。1949年に「中華人民共和国(PRC)」の建国を宣言して以来、北京の中国政府は、台湾も自国の領土であると主張し、自国の主権下に台湾を含めることを国家政策の「核心的利益」と位置づけている。

そして、台湾への軍事的圧力を強める中国軍の動向を注視する、アメリカ軍のインド太平洋軍司令官フィリップ・デヴィッドソン海軍大将(当時)は、この二か月後の3月9日に米上院軍事委員会の公聴会で、「6年以内に中国が台湾に侵攻する可能性がある」と証言した。

このように、現在の東アジアにおいて、中国と台湾の軍事的な緊張は、安全保障面での重要な懸念材料の一つであり、中国軍の台湾侵攻というシナリオ(仮想設定)に基づくさまざまな研究も行われている。だが、総人口が2357万人(2020年)の台湾を、短期の軍事侵攻で完全に制圧して支配下に置くことはきわめて困難であり、それを実現するためには、中国軍には越えなくてはならない高いハードルがいくつも存在する。

その一つが、最も狭い場所でも約130キロの距離を持つ台湾海峡の存在であり、中国人民解放軍は過去に、これほど広い海を越えて他国への上陸侵攻作戦を実行した経験を持たない。より短い距離の、敵軍が守る海岸に対する上陸侵攻作戦では、1949年10月に台湾海峡の大陸側から目と鼻の先にある金門島で実行した「金門島上陸作戦」が挙げられるが、この作戦は準備不足と上陸部隊の拙攻により、完全な失敗に終わった。

本書は、第二次大戦終結から4年後の1949年10月に、中国の「国共内戦」の一環として繰り広げられた金門島の戦いを、主に台湾側の戦史研究資料に依拠して分析した概説書です。2021年7月、学研の雑誌『歴史群像』第168号(2021年8月号)で、B5判12ページで発表されました。

金門島の戦いが行われた1949年と、それから73年が経過した現在では、中国軍と台湾(中華民国)軍の兵力も装備兵器も、戦術も部隊の練度も大きく変化しており、台湾軍が1949年の金門島での勝利をそのままの形で戦訓とすることは現実的ではありません。けれども、中国人民解放軍の軍事的脅威を跳ね返した「古寧頭の勝利」は、台湾の軍人だけでなく、政治家と市民にとっても、今なお象徴的な意味を持つ重要な出来事であり続けているのです。

また、激戦地となった北部の町の名に因んで「古寧頭の戦い」とも呼ばれる金門島の激戦は、台湾の歴史においては「大陸中国が台湾侵攻に向かう流れを止めた歴史的勝利」として、重要な位置づけがなされていますが、根本博という元日本軍人が国民党軍の軍事顧問として関与したことから、日本でも断片的に(その根本博を中心とする形で)知られています。

本書の巻末には、「『根本博中将の金門島防衛伝説』の真偽」と題したコラム記事を収録し、「金門島の戦いでの国民党軍の本当の指揮官は根本博だった」という、日本の一部で信じられている「ストーリー」の信憑性について検証しています。台湾側の実証的な戦史研究の成果には、金門島防衛戦の「指揮官」としての根本の名前や存在は一切登場せず、根本が自ら語った「金門島での武勇伝」の内容も、実際の戦闘経過とは合致していません。

《目次(見出しリスト)》

◆失敗した中国人民解放軍の上陸侵攻作戦

《中国の国共内戦と国民党の台湾脱出》
◆大日本帝国の降伏と中国国内の対立激化
◆国民党と共産党の「国共内戦」勃発
◆中国人民解放軍の創設と国民党の台湾脱出

《共産党軍の金門島侵攻準備》
◆厦門と金門島に迫る共産党軍第10兵団
◆国民党軍の湯恩伯と軍事顧問・根本博
◆共産党軍の金門島攻撃計画と両軍の兵力

《共産党軍第28軍の金門島上陸作戦》
◆約三〇〇隻の船で海岸に押し寄せた共産党軍
◆国民党軍の歩兵と戦車による反撃
◆船を焼かれて孤立した上陸侵攻部隊

《古寧頭の激戦と共産党軍の壊滅》
◆共産党軍第二梯団の上陸
◆古寧頭の攻防戦と共産党軍の壊滅

《その後の金門島と中台関係》
◆根本博の実際の役割と「白団」
◆政治的対立を続ける台湾と中国
◆人民解放軍の台湾侵攻能力の実際

【付録コラム】
「根本博中将の金門島防衛伝説」の真偽

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