著者:中山 元
ページ数:278

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本書『ルソーの方法』の第三部は、一七六二年に『社会契約論』とほぼ同時に刊行された『エミール』を中心に考察する。一八世紀でトップクラスのベストセラーになった『新エロイーズ』についての考察も交えながら、市民の形成を目指した『社会契約論』と人間の形成を目指した『エミール』の違いを考察することによって、ルソーの思考が政治体制論の枠組みを超えた巨大なものであったことを示そうとしている。
 『エミール』は現代にいたるまで教育学の重要な文献であり、ルソーが提示した教育方法は、自由な人間を育てるための大切な提案に満ちていると考えられている。それは近代の民主主義的な国家の設立を目指した『社会契約論』とは違って、『エミール』は社会体制の違いを超えて、どのような社会にあっても独立した自由な人間となるための道筋を構想したものだからだろう。ときに女性蔑視の傾向のあるルソーの思想であるが、時代的な制約を取り払って考えれば、自分の頭で自由に思考する人間を育てようとするルソーの教育論の枠組みは、現代における教育の方法を考えるためにも重要な示唆に富むものである。
 さらにこの書物は、『新エロイーズ』と同じように小説仕立てで書かれている。ルソーはフランスのようなブルジョワ社会においても、子供が自然人としての人間的な善さを失わずに生きるにはどうすればよいかという問いのもとで、豊かな想像力を駆使しながらさまざまな状況を思い描いて、そのために最善の教育を考え出した。ここでも自己への問いかけと、架空の状況において小説の主人公がどのように行動するかという思考実験の方法が駆使されている。『エミール』は書簡体の小説の『新エロイーズ』とならんで、思考実験という方法が最高の形で生かされた書物であろう。
 ただしこの書物はルソーの思想的な営為にとっては不幸な運命をもたらした。この書物で描き出された哲学原論と神学論は、当時のヨーロッパでは受け入れがたいものであり、弾圧をもたらさずにはおかなかったのである。神学論はフランスでは無神論的な傾向のある書物として焚書にあう運命をもたらしたし、ルソーが逮捕を避けるために逃れたジュネーヴにおいては、『社会契約論』が市民の民主的な改革を支援する性格のものであったために、追放の憂き目にあったのである。こうしてルソーは市民社会から放逐されることになり、これからは自分の思想の体系を構築していくことよりも、自然のうちに本来の自己のありかたを取り戻すという自己への回帰の試みが展開されるようになるのである。
 この自己への回帰の模索の道筋を描いたのが、一七七八年に亡くなる年まで書き継がれた『孤独な散歩者の夢想』である。この書物には、ルソーが夢想に耽りながら自然に埋没するような自己の享受と自己回帰の経験が印象深く描きだされている。ルソーはジュネーヴから追放されることで、市民社会の内部で生きる虚しさを味わいながら、自然のうちで孤独な一人の人間として生きることのうちに生きる喜びをみいだしていったのである。

目次
■第七章 人間の形成–『エミール』のプロジェクト
 ■第一節 『エミール』の目的
 ■第二節 教育契約と幼年期の教育
 ■第三節 少年期の教育
 ■第四節 思春期前の過渡期
 ■第五節 思春期の教育
 ■第六節 ルソーの哲学原論と神学原論
 ■第七節 エミールの恋愛
 ■第八節 ルソーの女性論
 ■第九節 エミールの旅立ちと教育の終了
 ■第一〇節 『エミールとソフィー』

■第八章 ルソーの晩年–『孤独な夢想者の散歩』
 ■第一節 執筆までにいたる状況
 ■第二節 ルソーにとっての夢想の意味
 ■第三節 迫害の意味
 ■第四節 「第一の散歩」から「第九の散歩」までの夢想の内容

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