著者:橘 瑠偉
ページ数:61
¥296 → ¥0
「日向小次郎」が好きだった。
日本のサッカー人口を激増させ、連載開始から30年以上経ても、いまだ現役Jリーガーや海外トップスターに影響を与え続ける不朽の名作・キャプテン翼。
なぜ、あんなにも面白かったのだろう?
私はウンチク垂れである。
正直、文学的要素は薄く、ストーリーは単純で、絵も上手いとは到底言えない。
エピソードには突っ込みどころが満載である。
ウンチク垂れが気に入るタイプの作品ではない。
それでも夢中で読んだ。
「小学生編」が素晴らしすぎたので、続く「中学生編」には疑問を感じ、悲しいことに「ジュニアユース編」以降は、別の作品かと思う程になってしまったけれど。
「小学生編」を久し振りに読み返してみた。
私自身は連載時の倍の年齢になってしまったが、相変わらずワクワクさせてくれる。
小次郎はかっこいいし、当時、嫌いだった翼くんも今は可愛いと感じた。
感慨深く、ひとり肯いていたら、連載時に某紙に載せた論文が出てきた。
「キャプテン翼小学生編 日向小次郎考察」
連載時の時代状況の中、書いているのだが、今、読んでも面白いんじゃないだろうか?
そう思ったので、キンドル出版することにしました。
サンプルとして、この本で一番お気に入りの第4章を載せています。
他の章も気になる方はどうぞ、購入してください。
目 次
はじめに
第1章 さわやか漫画
第2章 ハードキャラクター
第3章 ダーティヒーロー
コラム 作者のひとりごと
第4章 主人公の座
第5章 キャプテン翼の重大欠点
第6章 大空翼
第7章 沢田タケシ
第8章 若島津健
第9章 小次郎総論
あとがき
第4章 主人公の座
「キャプテン翼」のキャラクターは、現実にそうそう存在しないタイプが多い。
現実どころか、岬くん、小次郎、若島津くんの3名は、他の漫画にも簡単には類似例が見つからない。
翼くんタイプは三枚目としてなら時々いるが、ヒーローとして描かれたのはかなり珍しいことだろう。
絶えずニコニコしている子は締まりのない奴と誤解されやすく、まして、スポーツ漫画として「いい子」はとても書きにくいのだ。
しかも、翼くんは岬くんと違って「転校ばかりして可哀想」などの健気な要素もない。
『ボールばかり蹴ってて変な奴だと思われ、前の学校では友達がいなかった』という重要な設定が実はあるのだが、極めてあっさりと、しかも過ぎ去った過去として説明されているため、真に迫って来ない。
よって、彼をスーパーヒーローの主人公として位置づけたのも、高橋先生の新アイディアなのだが……、その試みは成功したとは言いがたい。
大人気作=成功だと言えなくもないが、連載時の人気キャラクター投票で、主人公でありながら5位という不名誉な結果を出してしまった事実がある。
(人気投票は何度か行われており、1位だった時もある)
なぜ成功しなかったのか?
翼くんは心理描写が乏しすぎるのである。
彼の心理描写は殆ど「頑張る」以外にない。
この漫画の主人公は一応は翼くんだが、物語を引っ張っているのは小次郎だった……、と言っても間違いでもないだろう。
だいたい、ライバルの小次郎が大会を通じてあれほど成長したというのに、主人公たる翼くんが殆ど変っていないとはどういうことだ。
だが、あの設定では仕方ないともいえる。
先ほどから言っている通り、彼は恵まれすぎたのだ。
優しい両親、不自由ない暮らし、心の底から信頼し合える素晴らしいチームメイト、優秀なコーチ、天性のサッカーセンス。
比較して、ライバルたちは苦労が多い。
父親がおらず、経済的にひっ迫した小次郎の家庭環境。
母親がおらず、転校ばかりしている岬くんの寂しい暮らし。
重い心臓病を患い、まともにサッカーが出来ない三杉くんの悲劇。
天才揃いの中、際立つ才能を持たない上、雪で満足な練習も出来ない松山くんのジレンマ……。
……主要キャラが軒並み難問を抱えつつも、必死に努力している中で、主人公・翼くんだけがあらゆる宝を所持している。
しかも、彼は明るく優しい元気な子であり、性格的にも問題はない。
初めから何もかも持っていた翼くんが、ストーリーが展開しても何も失わず、当然、得るものもなかったとしたら、成長しろと言うほうが無理だ。
対武蔵戦における翼くんの自信喪失シーンは、ゆえに、唯一の彼の心理的変化を示す重要なものである。
しかし、長い連載中、たった一度の成長では物足りない。
反対に、自己のサッカーセンスと優秀なコーチ以外に何もなかった小次郎は、ストーリー展開とともに圧倒的に成長する。
試合を通じて人の心の温かさを知った彼は、徐々にそのかたくなな心を開いてゆく。
対ふらの戦に苦戦したことで、まず、彼はチームメイトを信用する。
しかし、この段階ではまだ、戦力として認めたに過ぎない。
決勝戦前半、タケシの抗議で自分の非を悟る。
戦力としてではあるが、人を信頼することを知った後の彼だからこそ、反省できたのだろう。
これが、ふらの戦の前だったら、彼は多分、過ちに気付かず突っ張り通したのではないか。
さて後半……。
ペナルティエリア内からのシュートさえも若林くんに止められたその直後、自分の家族、そして、仕事仲間たちまでもが揃って応援に来てくれたのを知った時……。
ここである。
決勝戦最大のドラマが始まる。
「いつもひとりだと思ってたおれ まわりはすべて敵だと思ってたおれ」
誰も信用せず、自分の周りに防壁を作っていた孤独な少年は、初めて人の愛を知る。
自分が愛される存在であることを知る。
嫌われ者でしかないと思っていた自分を、応援してくれる人間がいるのである。
「今ほどおれが心からゴールをうばいたいと思ったことはないぞ」
そして、初めて他人に感謝し、その愛に応えようとするのである。
その後も、全身プライドの塊のような少年は、その大切なプライドを捨て、チームの勝利のために戦う。
で、翼くんだが……、彼だってやはり主人公。
足の怪我の痛みをこらえ死に物狂いで戦い、南葛チームの要となって、小次郎と追いつ追われつの大激戦を繰り広げる。
高橋先生のキャラクター創作術は素晴らしいの一言だが(キャラたちが生き生きと動く)、その配置の仕方もとてもいい。
だいたい、主人公、翼くんの最大のライバルが小次郎であるというのが上手い。
完璧なまでの白と黒。
両極の個性を持つ二人。
対照的人物の比較はその差をより鮮明にし、互いに引き立て合うのである。
翼くんのライバルが岬くんではインパクトは相当弱い。
また、ジュニアユース編での翼くん対シュナイダー。
やはり両極。
陽対陰の対決である。(ただし、ジュニアユース編はキャラの出し過ぎが墓穴を掘った)。
そして、翼くん対小次郎の個性は、そのままチームカラーに結びつく。
翼くんを筆頭に岬くん、若林くんを主力とする南葛。
小次郎を大黒柱に、若島津くん、タケシくんを中心とする明和。
翼くん、岬くんはともに技の選手。
その軽やかな二人が前方で繰り広げる色彩豊かなサッカーを、しっかり者でどっしり型の若林くんが後方で受け止める。
この揺るぎない安定感が南葛ののびやかさの原因である。
対する明和は正反対。
力で押し切る剛のストライカー小次郎をタケシくんがフォローし、そのバックを守るのは華麗でトリッキーなプレイヤー、若島津くんである。
いわばガラスの棒で鉄の板を支えているようなもので、あまりにも不安定、そしてスリリングだ。
この対照的かつ魅力的な二つのチームが、力を尽くしてうねりを上げて戦うのだ。
これが感動でなくて何だろう。
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