著者:藤本 栄之助
ページ数:264

¥700¥0

[商品について]
―どこまでも透明に近い淡い青色の空は、クリュチェフスカヤへと続いている―
千島列島のさらに北にあるカムチャツカ半島の最高峰であり、美しい姿と名前を持つクリュチェフスカヤ。若き日にこの山への憧れを抱き、ロシアとの国境が開かれないまま年月が過ぎ年老いても、諦めることなく志を持ち続けた著者は、元朝日新聞編集委員の本多勝一氏をはじめ平均年齢64歳の老遠征隊の一員として、2001年夏、ついにクリュチェフスカヤ遠征の途につく。本書は、押し寄せるグローバル化の波に古い体制や価値観が崩壊していく中で、個性を吸い取られ、故郷を喪失して終える人生から正しいと信じる自分の人生へと回帰するために挑戦したクリュチェフスカヤ遠征を、カムチャツカの大地に生きる人々から学んだ人間の本来の生き方への想いとともに綴った記録である。

[目次]
はしがき
序章 出発まで
第一章 新たな出発 二〇〇一年夏
第二章 ペトロパブロフスク・カムチャツキー
第三章 さらに奥地へ――エッソ村
第四章 憧れのクリュチェフスカヤへ――アタック・キャンプ設営
第五章 頂上攻撃
(一)試登
(二)頂上へ
第六章 下山――挑戦、応答そして変化
第七章 遙かなり クリュチェフスカヤ
終章 クリュチェフスカヤ そして我が友よ
あとがき
〈参考文献〉
著者略歴

[出版社からのコメント]
挑戦に年齢は関係ないとはよく聞く言葉ですが、そこにどの様な思いがあるのかによって挑戦がもたらすものは大きく異なるのではないかと思います。本書は、クリュチェフスカヤという貴婦人のような美しい山への遠征記録であると同時に、人の生き様について考えるという点でも楽しめる内容となっています。どうぞ手に取ってご覧ください。

【著者略歴】
藤本 栄之助(ふじもと・えいのすけ)

1936年、熊本県菊池市生まれ。京都大学理学部卒業後、旭化成㈱入社。現在、旭有機材㈱監査役。

著書『我が巡礼―島原原城への旅』(「宮日出版文化賞」受賞)、『花暦めくれば』(以上、鉱脈社刊)ほか。
京都学士山岳会(AACK)所属。2002年8月、モンブラン4807m登頂成功。

[読者から頂いたお声]
「遥かなるクリュチェフスカヤ:カムチャッカ半島最高峰に挑んだシニア登山隊遠征記」
を読んで
 この題名を目にして、私の捨てきれない山好きの心が動いた。それは「シニア」という言葉に、私でも共感できるのではないかと甘く見たからだろう。
 今の私は、山好きなどにはほど遠く、もう里山からも足が遠のいている。それでも、何か心沸き立つような登山記録を読めば、山にまた心を向けることができるのではないかという思いもあった。しかし、読み進めるうちに、著者の命題の難しさと内容の奥深さが行く手を塞いだ。
 今まで、いくつかの山行記録を読んではきたものの、それらは、出発にかかわる短めのエピソード、苦楽の登山ドキュメント、興味深くもある山麓の生活の様子などでまとめられ、私も読者として、著者と共に旅と山そのものを半ば気楽に楽しめるものだった。
 しかし、この本は違った。2003年発行の題名「遥かなるクリュチェフスカヤ おじいちゃん探検隊 カムチャッカ半島最高峰を行く」のままであればなおさらに、気軽に手に取ったであろう。
 著者が「今まで誰も書かなかった奇異な登山記録」と書いたとおり、まず、この登山チーム全員の登山歴と個人の背景が、一般のシニアではないことに敬服する。
 私が、ごく普通の家族登山から登山を始めた素人なのでそう思うのかもしれない。何よりも、著者がドキュメントを進めていく、その端々に、これまでの著者の人生で経てきたいろいろな思いに深く話が及ぶ。
 まず、登山の原点には父上に連れられて行った山があった。そして、登山をするために京都大学を選んだという理由、登山のあり方について、世の中を動かす力について、リーダーとしての人の生き方について、果ては神について思い巡らしていく。長年の憧れの山に挑みながら、著者の心情が研ぎ澄まされていくところに、私は引き込まれた。
 著者がクリスチャンなのかは知る由もないが、関連諸国の歴史について書かれる中で、「神はそんな忌まわしいものの中に宿ることはなかった」という一文が心に残る。そう思うと、神の存在を信じる言葉がところどころに感じられた。
 各章の初めに掲げられる、象徴的な引用文が著者の見識の広さを知らされる。
 一方、身近なものまでも考察されていた。例えば小椋佳の「しおさいの詩」の歌詞が、大衆におもねるなど、その歌をよく聴いた私には考えつかなかったことである。また、民謡の「ともしび」が実はポーランドの歌であって、映画「ひまわり」のサウンドトラックと似ているなどはとても共感するものだった。
 この登山の命題のひとつである、少年の頃からの夢を果たす、ということについては、著者は叶えることができたのだろうと思う。ただ、荒涼たる景色の頂上まで行きつかなかったことは、長年の憧れであった白く美しい山の姿をそのままにしておける、という意味で示唆的だったと思われる。
 もう一つの命題、年老いた後の人生の意味を問い直す、ということについてはどうだったのだろう。この登山時、著者は確かな社会的地位と、シニアとは言え60歳前半であり、活力溢れる心身をお持ちだったと思われる。それから約20年の時が経った今、もし可能ならば、この登山がその後の人生に果たした意味を再びお聞きしたいと思われた。
 以前に、北海道探検の本で読んだことのある、本多勝一氏の温かい人柄に触れることができたのは私にとって収穫であった。名を成す人はそれなりの人柄であることを感じさせられた。本多勝一氏をはじめ、一緒に登山する仲間に相応しい人たちと、生涯の夢を叶えられたことは、著者にとって宝物になったことだろう。
 また、この中で、哀愁を感じさせられた場面があった。青春時代にクリュチェフスカヤへの憧れを決心に変えたきっかけにもなった、その思いを共有した女性との別れの挿話。剛健な登山記録の中の、ひと咲きの可憐な花のようだった。そういうモチーフが40年以上も大切にされ、心の中で結晶していることの繊細さを感じる。
 その女性のことは重きを置いて書かれていたのだが、著者の人生の右腕となっておられるであろう奥様については、あまり書かれていないのが気になる。しかし、下山後の入院を知らせないという配慮の一言が、奥様への信頼と愛情をより強く静かに感じさせられた。
 いつも登山記録の本を読む時に、楽しみなのは、その国や地域の人たちの生活ぶりや文化なのだが、カムチャッカに暮らす人々の様子が生き生きと書かれており、映像で見ているかのようであった。著者はその時点でも、カムチャッカに比べ、豊かすぎて腐りつつある日本の姿を憂いておられたが、こうして20年過ぎてもそれは変わっていない。日本人の行く末はどうなっていくのだろう。
 最後に、この本で一番心に残った文章は、「やはり人は自分の羽で飛ばなければならない」というところであった。誰かにもらった羽ではなく、小さくとも自分だけが持つ羽を信じて、自分の目指すところへ私も飛んでいきたい。70歳を迎えた私にも飛ぶ空があるなら。(70代:女性)

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