著者:勝鬨美樹
ページ数:63

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宮司さまとの会食のお時間をいただき、まことに感謝するばかりの一日になりました。そのうえお土産までいただいて、そのお土産と御祈祷を大事に抱えて、櫻井はそのまま夕方の南紀に乗って帰京しました。
僕ら夫婦はそのままもう一泊することにした。
そのことで、またまた平野さんのお手数をいただいた。申しわけない限りだ。それで・・平野さんの運転で、僕らは新宮を離れ、熊野市のホテルへ移動した。

さて、もう少し熊野の話をしたい。つきあってください。小野芳彦先生の「小野翁遺稿・熊野史」の引用です。もっとも端的に熊野のスケール感を言い表している一文だ。
「熊野国の彊域は北の方木の国に連り、南に走りて本州の最南岬角潮岬を形成し更に東北に迂廻して大和の吉野を包繞し、延びて錦山坂(後世荷坂峠と呼ぶ)となりて伊勢に界し、東南は熊野灘に面し、西は紀州水道に臨み、その広袤東西約三十五里、南北約十二三里、海岸線は延長七十五里に及び居れりと称せらる。」

小野芳彦先生と熊楠の間に濃密な書簡がある。同「熊野史」に納められている。ぜひ一読をお勧めしたい。こうした卓越した郷土史家を得たことは熊野国にとって僥倖だったと云えよう。おかげで僕らは、熊野についてまとめられた秀逸な知見に触れられるのだ。
熊野は、上古高倉下命の裔が世々領し給うた地である。成務帝の御世に其地を熊野国と称して国造が置かれた。そして熊野三山の社領となり、今に至る。

平野さんに送られて、熊野市のホテルにチェックインしたあと、家内と僕の話は、しばし昨夕のことになった。昨夕、家内と小雨まう新宮の町を散策したとき、僕らが見つめたのは商いの町としての新宮だったからだ。古刹というより人が生き継ぐところとしての新宮を見つめた。速玉神宮と神倉神宮以外は、どの古刹にも寄らなかったことが幸いしたかもしれない・・八百屋に寄り魚屋に寄り、土地の寿司を食べ珈琲店に入った。半日ほど2日間の旅人だったが、茫々たる町の長く重なる声は。途絶えることなく聞こえた。旧い町の特性だ。ハリボテの町にはこれがない。そのことを話していた。
「熊野川の河口に生まれた集落は、日本国より古い邑(むら)だ」僕がそういうと家内が感心した。
「パリもそうよね。フランスという国より古い町」
「その国より古い邑は、大抵は交易の地だ。異人との交易があり、邑が出来ていく。まず交易ありき、だ。神武天皇の軌跡が残っているのも、この邑(むら)がその時には、すでに交易の地として動いていたからだろう」
「物々交換でしょ?」と家内が言った。
「ん。最初はそうだったろうな。沈黙交易だ。顔を合わせないまま、お供物を捧げ海幸彦と山幸彦が互いに供出しあう」「沈黙交換?」
「P.J.ハミルトン・グリァスンが相当見事にその姿を描いている。120年位に書かれた本だが・・速玉大社へ、時帝が屢鸞興を進められたころ、万葉集のころには、もう一歩も先に進んでいたに違いない。」

「海幸彦山幸彦ねぇ」
町なかの道は細い。おそらくあぜ道の血をそのまま継いで車道になったにちがい。歩行者が歩く余地は取られていない。後ろからクルマは我々を避けて迂回して走る。雨道を歩いているのは学生たちと、散策する僕ら夫婦だけだった。
「遙か南から島伝いに、この地まで渡ってきた隼人の民。そして、古くから・・それこそ何万年/何十万年かけて尾根伝いにこの地に入ってきた民。その末裔を僕はYAMATO(山人)の民と呼んでいる」
「やまと? やまとまほろばの?」
「ん。YAMAは和語で山を表す。TOは徒だ。人を表す。だから山人でYAMATOだ。その旧い、この列島の居住者の集まる里をYAMATOと呼んだのかもしれない。だからこの列島に現れたクニはYAMATOという名前が多いのかもしれない。ちなみにHIKOは邑の長のことを言った。なになに彦のHIKOだ。その間にMI・・女を表す和語をはさむとHIMIKOだ」
「びっくりね!まるでnetfilexの探偵ものみたいな謎解き」「ははは♪その程度のナゾトキだがね。まったくの私見だ。」

佐藤春夫はこう書く
「大台原を中心とする大山嶽の裾の大きな襞が延びて半島を形成してゐるその尖端の地方である。大海と大山とが相迫ってゐるといふところにこの地方の第一の特色がある。地名熊野のクマもコモルのコモと同じ言義で樹木の繁茂といふより地勢の複雑なところを意味するといふ説さへある程である。熊野川のやうな相当な河もありながら、その流域もただ山ばかり、下流に到っても平野といふ程のものもない。岩の多い山腹でなければ、 砂礫ばかりの海浜である。住宅を営むに足る極く狭い平地を除いては耕作する田畑などあらう道理もない。山腹に段々畑が開けても労ばかり多くて一向農作には適しない。そのくせ気候の温和な土地には神代の昔から人が居る。地は貧しく人は多い。人々は海を探り、山を分けて生活を求めた。更に大洋を渡つてアメリカへの出稼をさへ志した」
生まれ育った地を語る佐藤春夫の言葉は優しい

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