著者:丸山茂樹
ページ数:210
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一六歳にして自分のたどるべき人生の目標を見極め、ひたすら歩み、広大な沃野を切り開いた、見事な陶工のいたことを、著者は書き留めたいと思った。
濱田庄司と同世代の陶芸家には、四歳年長の河井寛次郎、一歳年長の石黒宗麿、同年の荒川豊蔵、三歳年少の楠部弥一などがいる。白樺同人から日本民芸運動へと独自の世界を展開した柳宗悦は五歳年長。富本憲吉は八歳年長。そして国境を越えた友情を保ったバーナード・リーチが七歳年長になる。
ちなみに浜田庄司、富本憲吉、石黒宗麿、荒川豊蔵はともに、四人同時に第一回人間国宝に認定された。昭和三〇年のことだ。
それぞれが、日本近代陶芸界の大家たちである。
濱田が青春を究めた大正から昭和初期にかけては、陶芸界における綺羅星たちが、夜明けの空の向こうから輝き始めた、まさにそういう時代であった。
そこに濱田庄司なくしては、河井寛次郎も富本憲吉もバーナード・リーチも近藤悠三も金城次郎も、そして柳宗悦も、彼らの世界を成立し得なかったのではないだろうか。
濱田庄司の人柄が、強烈な個性たちを緩やかに連帯させる、ジョイントの役割を果たしたと、著者には思える。
バーナード・リーチは、生涯の友濱田庄司に、こんな言葉を贈っている。
〈濱田の人柄は、正直で暖かみがあり、ものの本質を見通す賢さが備わっていて、彼のものを見る目は、鋭い。
たしかに彼は、「知る」人々の一人であり、「自らの知るところを知っている」人である。自分の限界や弱点が何であるか、だれよりもよく知っており、めったなことでは、自己欺瞞におちいるようなことはない。だからこそ、希有の人柄である彼の指導には安んじて従うことができるのだ。彼と一緒に旅していると、どこへ行っても、人種、階級、民族のいかんを問わず、あらゆる人々が彼に感応してくる。〉
柳宗悦は言う。
〈濱田はつまらぬ道草をせぬ。そうして絶えず内省し反省して、自分を築き上げているのである。濱田庄司の作は土台のしっかりした上に立つ丈夫な建築のようなものである。不安定であったり、無駄であったりする部分が甚だ少い。濱田は、軽業をしたり、強ひて冒険したりはせぬ。それでいて躊躇したり迷ったりもしない。〉
濱田には、似たような賛辞がいたる所に残っている。
こんなにも周囲から愛された男の生涯。ひたすらまっすぐに歩んだ男の生涯。
その土台となった青年期に、著者は興味を抱いたわけである。
あらゆる人々から愛され慕われた、濱田庄司の男の豊かさを、とくと見てやろうと思ったのである。
彼の作品には刻印も銘もない。
「真似されて駄目になった人はいないし、真似して良くなる人もいないのだろう。あと百年もたったら、僕のよくない作品は全部贋物になり、贋物のなかの良いものが僕の良いものを含めて全部僕の本物になるだろう」
真贋がわからなくなる、と心配する人には、そう答えて愉快そうに笑っていた。
「誰にもできる技術でいい物を作りたい」
秘伝も何もなく、技法はすべてを公開している。
しかし、似た雰囲気は出せても、確かに濱田庄司の模倣品はきわめて作りにくい。
暮らしぶりは克己的で、話しは辻説法のように聞くものを魅惑した。
だけども哲学者ぶったりはしなかった。
どう見られようと構わない生き様で、人と比較しない、人を差別しない。
嘘もつかなかった。見たこともないのに見たとは言わないのだ。
お手伝いさん、運転手さん、突然の来訪者、だれにでも陰日向なく話した。
活達で、親しみ深く、不平も愚痴も言わなかった。
庄司が怒った顔を見た人はいない。諭すのだ。
濱田庄司は、大地に根をはり、自然の恵みにしたがい、健やかな暮らしを愛して、平らに無理なく人生を歩んだ。それが荒太い道になった。
決して器用な人ではない。むしろ愚直だった。
おおきく構えて、おおきく動き、おおいに稼いで、おおいに食べ、おおきく費消した。
持続する非凡な意志の強さ、すべてを善しとする陽だまりのような精神、深い感覚。
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