著者:MASA
ページ数:145

¥1,079¥0

この小説は事実にもとづいた物語『喉の旅』の中巻である。英語ネイティブと同じ発音を可能にするネイティブ発音の核の二大要素の発見して英語の発話に取り入れ、ほどなくアメリカ社会に完全に溶け込めた上川は、自身が留学を志す学生に向けて情報発信するサイトで、この英語発音のメソッドを紹介する。
それを実践して体験をする学生が数人現れ、そのうちの一人が奇遇にも上川の幼馴染であり、しかも出版社と関係があるグラフィックデザイナーであった。いくつかの奇遇が重なり合って、メソッドを出版する話が持ち上がった。

『喉の旅 中』
冒頭章「緞帳」第1節「学振」を全文掲載

「Kaz, you wanna have some tea?(カズ、お茶でも飲む?)」
「Sure…. Thanks Jeana… Actually, some hot chocolate, please…(うん、ありがとうジーナ・・・温かいココアを頼む・・・)」

この3週間余り、上川は帰宅後夕食を済ませるとラップトップ・コンピューターに向かい、ジーナと共に明らかにした英語発音についての考察記事を書く事に精を出していた。
2005年の2月も下旬に入ると、晴れた日にはヴァージニアとメリーランドを分かち流れるポトマック川流域の木々を洗う風に、春の息吹が感じられた。
アーリントンのアパートメントの修復工事が予定より少しだけ早く、来週には終わりそうだと先日、上川は大家さんから聞いた。

この仮住まいから戻る直前には荷造り等色々と忙しくなることが予想されるので、なんとかこの週末迄にこの作業を完成させたいと考えていた。
上川はジーナと知り合う少し前から現在に至るまでのこの5年間、日本の学生や若手研究者そして留学志望者に向け、彼らにとって役に立つと思える情報を個人サイトで発信してきた。

彼自身も日本学術振興会特別研究員、通称「学振」と呼ばれる制度の恩恵を受けた。学術振興並びに若手研究者の養成、支援等を目的とする制度だ。

その学振に志願する人達に向けてのアドバイスを主眼に上川が5年前に始めたサイトこそが「が苦心がんばれ」だ。続ける内に、徐々に言及するカテゴリーも広がっていくことになる。

彼の学生時代、留学並びに社会人になってからのシカゴ大学院そしてアメリカでの就業経験からくる説得力のある、有益な情報だと言えるだろう。彼が有する経験と情報をありったけ盛り込んだ。
留学や研究は当然苦労を伴うものである。上川は苦労そのものを否定するのではなく、彼等に無駄に苦労をして欲しくなかっただけだ。

とりわけ海外での就学、研究となると、日本とアメリカでの様々な価値観の相違がマイナスの影響を与えることが往々にしてある。

しかし、正しい事情の把握、真実の情報を知ることによって、留学生、研究生が望ましい道を切り開ける可能性が生まれると上川は信じていた。
同じ苦労をするなら、無為な苦労よりも形になる苦労が好ましいと思うのは決して彼だけではないだろう。
そんな思いを胸にこの5年間、情報を発信してきた。

学振の応募に関するノウハウや研究計画、学術的プレゼンテーション、小論文の書き方、留学について、大学院に進む時の注意点、博士号面接の心得等々、全てが彼の実践経験を通して得た内容の濃いエッセンスなので、非常に説得力があった。

しかし全ては彼の口発音時代の経験だ。
上川は思う。この情報群はそれなりに意味があるだろう。しかし、もし仮に・・・「喉とシラブルの秘密」を知っていて留学をしていたら結果はまた違っていただろう・・・間違いなくプラスのベクトルで。

自分の過ぎ去った過去などもう構わない、しかしこれから海外で学ぼう、研究しよう、働こうと希望する人たちにはこの「秘密」は「秘密兵器」にきっとなる。
この長年せっせと充実させてきたサイトにとって、この英語の革新的な方法論を注ぎ込むことが画竜点睛になるかも知れない。

そう彼が考えるのも妥当だと思わせるぐらい、見事にジーナが発見した喉とシラブルの方法論自体は首尾一貫し、まとまっていた。
実生活上での実践と体験を通して、昨年秋から年末年始にかけて上川の頭の中でかなり整理されたのだ。

以前、透明人間時代との決別を実感した時に決意したことを、いよいよ実行に移すのだ。
そう考えると湧き上がる静かなる深い歓びに、キーボードを叩く指が軽やかなリズムを刻む上川であった。

ケーブルテレビのニュース番組の音声だけを聞きながら作業をしている彼に、アメリカ合衆国商務省国勢調査局による世界の推計人口が65億人を突破したとのトピックが聞こえてきた。
胸中で上川の思索が始まる。

65億か・・・この中で口発音文化は極めて少数派だろな・・・やはり異色だろう。喉発音はいわば動物の発声法に近く、人間にとって自然な発声法なんだ。

様々な歴史的、地理的要因で日本民族は口発音の文化になった・・・それ自体は何も恥ずべきことはない。
むしろ相手との社会的関係やその場の状況などの要素を配慮し、それらと絡む何がしかの必然性があって音を切りながら話す傾向になったんだろう、日本語は。

それ自体は文明度が高いと言えよう。ツービート言語を否定する理由など全くない。
しかし、だ。
海外の人達と交流し、理解し合い、つまらぬ誤解を生まず、共存するには、ほぼ世界の共通言語とも言える英語が大事であり、その英語を話す時は英語らしく、つまり喉発音とスリービートで喋れるということには大きい意味があるはずだ。

ジーナがホットココアを、上川の傍らにそっと置いた。
美味しい・・・・それと、やっぱり頭を使うと甘いものが欲しくなるからなぁ・・・
などと考えながら、ジーナとの作業は進む。

ネイティブ発音の秘密・・・喉発音とシラブルに関して、ジーナがこれまで解明したことを、もちろん英語で一つひとつ説明する。それらを上川は出来るだけ分かりやすく、取っつきやすい語り口を心掛けて、その内容を日本語で書き綴る。

ジーナから発信される革新的な内容を上川は、あたかも何種類もの彫刻刀を使い分けるように丹念に、「が苦心がんばれ」に新たな命を吹き込むかのような思いで綴り上げていった。

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